日向月光館

日々徒然。恵陽の日常と本館零れネタ。
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『婚礼衣装』

覆面作家企画5が終了しました。
で、別視点の第一稿もサイトに上げようと思ってたんですが、微妙に設定変えてしまった部分もあるみたいなので。こちらでこそっと載せておきます。

よろしければどうぞ。ちなみに伯慧は出てきません。





「琴香《きんか》さま、こちらのお召し物は如何でしょう」
 頬を緩めて紅《こう》が婚礼に使う衣を選ぶ。その顔はまるで自分が嫁ぐようなはしゃぎようだ。琴香は十も年上の彼女をやさしい顔で見つめた。
「迷いますわ。琴香様にはやはり桃色や薄桜のお召し物が似合いますけども、もうお子ではありませぬものね」
 そう言って、紅は先程手にとった薔薇色の衣を広げてみせる。
「こういう色で大人の色気を演出するのも面白いですわね」
「お、大人って……」
 紅の言葉に琴香は耳まで林檎のように染まる。
「何を恥ずかしがってらっしゃるんです。もうすぐ人の物になるのですよ。犀怜《さいれい》さまを驚かせるんです」
 からかいを含んだ紅の笑みにますます琴香は恥ずかしくなる。ついには顔を手で覆ってしまった。
 琴香はもうすぐ嫁ぐことが決まっている。今はその婚礼衣装を傍仕えの紅と選んでいたところである。
 婚礼まではひと月を切っており、大慌てで二人は布地や髪飾りを選ばなければならない。本来ならば半年はかけて婚礼準備をするのだが、相手である犀怜の都合により早められたのである。
「あ、兄上に嫌われたりしないかしら」
 よく熟れた頬を両の手で包んで、琴香は紅に視線を向けた。首をそっと傾けて、心配そうに見上げる。
「琴香さま、兄上ではありませぬ。犀怜さまです。呼び方にも早く慣れなければなりませんね」
「う、ごめんなさい」
「あたくしに謝っても意味がございません。次に犀怜さまに会われる時にはきちんと呼ばれませ」
「はあい……」
 犀怜は琴香たちの住まう青州で元来近衛を務めてきた家の出である。彼もそれを当然として武芸に励み近衛となったのが十五の歳。しかし元より賢さも持ち合わせており文官として転用されたのが十八の時。そして此度、齢二十四となった犀怜が青州候補佐として任じられたのである。
 その祝いの席で婚礼を挙げようというので、時が足らず慌てる羽目に陥っているのだ。
「それにしても琴香様はお幸せですね。惚れた方と添い遂げられるのですから。羨ましいです」
「そ、そ、添い遂げ……って、紅ぉ」
 琴香と犀怜は八歳違いで、家が近所のため互いに顔も性格もよく知っていた。琴香は特に幼い時分より犀怜の後について回り、父によく叱られたほどである。
 いつもどんな時も琴香にやさしくしてくれる犀怜は、頼れる兄で誇りだった。兄上、と本当の兄のように慕っていた。それがいつからか年頃になり、彼への想いは恋へと変わる。琴香は想いに気付くと逆に会いに行くことためらい、その頃文官となった犀怜も仕事に忙殺され会いに来ること叶わなかった。そんな悶々とした日々を過ごしていたひと月前、琴香は犀怜が青州候補佐に昇進した祝儀の席にて、久しく相見えることとなった。
 やさしい面影はそのままに、少年の顔つきは青年のものへと変化していた。はたして高鳴る鼓動を抑えながら琴香は祝いの口上を述べることとなった。感動で震える声のまま、けれどつつがなく祝辞を口にすることが出来た。
 そして夢心地のまま琴香は退出しようとしたのだが、犀怜はその場で琴香におもむろに歩み寄った。離れた所から見るだけでも壊れそうな心臓が、悲鳴を上げたのは言うまでもない。しかも犀怜はその場で求婚を申し入れたのである。
 今思い出しても恥ずかしい。琴香は重ねられた衣装の中に頭を埋めた。顔から火が出そうだ。
「ああ、あたくしもその場に居合わせたかったです。犀怜さまを慕う女人は多いのでございますよ。その憧れの方からの熱烈な求婚。羨ましいですわ」
「紅! もう、紅ってば結婚してるじゃないの」
 衣装から顔を上げて、叫ぶ。彼女はもう既に人の物なのだ。彼女の今着ている藤黄《とうおう》の衣装も夫から贈られたものである。琴香の指摘に紅は妖艶な笑みを湛える。仄かに朱を得た紅の姿が琴香には一等美しく見えた。
「紅、かわいい」
 常とは異なる紅の様子に琴香は口を滑らせる。すると紅は一寸眉尻を下げたが、すぐにまた子どものように明るい顔を作る。
「琴香さま、あたくしをからかわないでくださいまし。あまり調子に乗りますと、婚礼後に嘆く羽目になりますわよ」
 その目が本気だとわかり、琴香は口を噤んだ。視線を泳がせると、紅が部屋いっぱいに広げた鮮やかな色が目に映る。そのどれもが赤に分類される色だ。
「ねえ、紅。やっぱりお祝い事は赤じゃないと駄目だよね」
 訊ねると、もう紅は琴香の目の前にあった東雲色《しののめいろ》の布を取る。
「ええ。必ずとは言いませんが、此の程の婚礼は特に皆の目にお目見えするものですから。心配せずともあたくしが皆に驚かれる琴香さまにして差し上げますわ」
 そう言って目配せをする紅。
「期待してるね。じゃあ、布は赤でいいけど、刺繍や髪飾りはどうするの?」
 婚礼衣装には色々なものが必要だ。それは衣服だけではない。髪飾りに耳飾、首飾りに腕輪と装飾品だけでもたくさん選ばなくてはならない。
「それを決めるためにもまずは基盤となる色を選ばなくてはならないのですよ。そういえば犀怜さまはどの衣装を選ばれるか聞いておりますか?」
 琴香はふるふると首を振る。
「あたくしがお聞きしたところでは紺藍《こんあい》の布、刺繍は薄群青《うすぐんじょう》にて青龍を描くそうですよ」
「紺藍に薄群青なの? それって目立たないよね。青に青を重ねちゃうの?」
 紺藍より僅かに明るいのが薄群青だ。それでは目を凝らさなくては刺繍はわからない。
「それでいいんですよ。同じ色を重ねることで謙虚さを表しているんです。ほら、州候補佐ということはもちろん州候もいらっしゃるんですよ。下手に派手なものを着て、目立ってしまってはいけないんです。しかも紺藍というのも州候の持つ青藍《せいらん》に合わせているんです」
「へえ。そうだったんだ。あ、でもそれじゃわたくしの赤は目立ってしまうのではなくて?」
「いえ、逆に目立っていいんです。花嫁はまた別なんですよ」
 花嫁が皆の目を惹けばそれだけその夫婦は円満になると言われている。その為、花婿が引き立て役となることが多い。
「犀怜さまが青龍ということですから、琴香さまには朱雀を模った刺繍をあしらう予定です。琴香さま、それにしてもこういうことお好きですのに意外にお知りならないのですね」
「う、知らないわけではないのよ。知識としてはあるのだけど、実際なかなか目にすることがないのだもの」
 琴香とて年頃の娘である。周囲の知人や友人の婚礼の話を聞かないわけはない。ただ琴香の身分がそれを許さなかったのだ。
「父上も母上もなかなか参列させてくれないのよ」
「それは、そうですね。けれど親心としても理解できます。あたくしも琴香さまをあまり外に出したくありませんわ」
「もう、紅まで!」
 琴香の父は武官である。近衛隊の長を務めている。身分としてはかなり高い。その為、政略的に縁談を申し込む輩も少なくない。その上、紅の目から見ても琴香は愛らしい。ふっくりした珊瑚色の頬に韓紅《からくれない》の唇。紫紺の髪はしっとりと鮮やかで、赤銅色の瞳は憂いを含んだように庇護欲をそそる。それを両親はよくわかっているのだろう。
 誰彼ともなく人目に晒せば、琴香を欲しがる輩は更に増えるだろう。それにまだ琴香は十六歳になったばかりだ。縁談はまだ早いとの判断だったに違いない。
「兄上にも呆れられちゃうかなあ……」
 しょんぼりと肩を落とす琴香に紅はそんなことありませんよ、と首を振る。だが琴香は俯いたままじっと何かを考えている。ちゃっかり真朱《まそお》の布と金茶の刺繍糸を選別用の籠に入れて、紅は尋ねた。
「何かまだ心配事があるんですか。何も心配することなんてないと思いますけども」
「……ねえ、紅。兄上って州候補佐になるんだよね。それでもやっぱりわたくしと一緒になって益があるのかしら」
「益ですか。それは、あると思いますよ。お館様と犀怜さまは武官と文官の違いはありますが、州候に意見できる立場です。犀怜さまから言いづらいことも、お館様から伝えてもらうことも出来るでしょう。そういう伝手が出来るようになりますね」
 紅は言い終えてからハッとした。泣きそうになりながら琴香が彼女を見つめていたからだ。
「でも! 違いますよ、琴香さま!」
「何が違うの。今、紅が言ったのは間違いじゃないわ……」
「いいえ。違います。琴香さま、犀怜さまにはそんな政略必要ないんですよ」
 琴香の髪に指を挿し入れ、安心させるように紅は笑顔を作った。泣きそうな彼女の背中をやさしく撫でる。
「なんで犀怜さまが州候補佐に抜擢されたか知っていますか。確かにあの方は聡明です。けれどそれだけではありません。青州候に御自ら進言したからです。一介の文官がそんなことをしたら本来は罰せられます。けれども犀怜さまの指摘が的確だったために罰もなく、召し上げられることとなったのです。だから犀怜さまにはお館様の後ろ盾はあまり必要ないんです」
 琴香が顔をあげると、紅はその手をしっかりと握りしめる。
「犀怜さまは純粋に琴香さまを好いておられるんですよ」
「ほ、本当かな……」
「ええ。そうでなければあんな席で、周囲の目もある中で求婚されたんですよ。お館様が言を握りつぶしてしまわないように。だから琴香さま、そんな不安にならなくていいんです」
 よしよしと頭を撫で、琴香の髪に金の簪を挿す。琴香は少し落ち着いたのか、赤い顔でこっくりと頷いた。
「だからほら、琴香さま。犀怜さまにとっても綺麗だって言わせてみせましょう」
「うん!」
 琴香の笑みに紅も頬を緩める。
「あと、兄上ではなく犀怜さまです」
「……うん」
「次言ってしまわれたら、三時の点心はあたくしが頂きます」
「えええ!」
 それは困ると琴香が叫ぶと、紅は意地悪に口もとを歪ませた。
「では、努力なさいませ」
 言って、琴香と二人顔を見合わせ笑った。


 黄色の衣を身に纏った琴香は、大地神に希う。膝をつき祭壇の前で額を地面にこすりつける。それが婚礼の始まりだ。
 その後、衣装を替え街を練り歩き、皆から祝福を頂くのだ。
 紺藍の衣装を纏った犀怜は妻となった琴香を待っていた。自身は飾り気のない格好で、せいぜい銀の耳飾が人目を引く程度だった。逸る気持ちを抑えつつ、妻の乗った牛車を付き人たちと待っている。
 そして待ち人は現れた。付き人の紅に手を引かれる妻に、犀怜は息を飲んだ。
 真朱の絹に包まれた琴香が、頬を桃色に染めて犀怜を見上げる。衣には鮮やかな朱雀の刺繍が施され、動くたびにふわりと裾が舞い上がる。まるでそこに朱雀が躍っているように見えた。紫紺の髪には蘭を模った金の髪飾り。歩くたびに揺れるそれは歩揺《ほよう》と呼ばれる簪だ。その揺れる様は蝶々のように目を引く。
 犀怜は琴香を眩しそうに見つめた。普段は可愛らしい印象の彼女だが、今日に限っては艶を伴っていた。恥ずかしそうに扇を口許にあて、琴香は上目遣いに犀怜を見る。満面の笑みで返した犀怜は琴香に囁いた。
 甘い響きで全身を薔薇色に染め上げた琴香に、大きな祝福がもたらされようとしていた。







こっちでだと琴香がどういう娘かよくわかるかもしれない。

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