日向月光館

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お題話 「星空の続き」

お題バトルに初参加ですー。
使用お題は「忘れ物」「カーテン」「星空」「絵本」です。



「星空の続き」

 忘れ物をしたことに気付いて、私は慌てて教室に戻った。校門を出て、バスに乗ろうとしてはたと気が付いた。気が付いてよかったが、もっと早く確認をするべきだった。
 放課後の教室には西日が射し込んでいた。もう誰も残っていないだろう。そう思っていたが、一人窓の外を見上げる人物が居た。私はドアを開けて、中へ入る。その人物がくるりと私に顔を向けた。平河だ。
 平河は苦手だ。無口で何を考えているのかまったくわからない。それに平河はいつも私たちとは別の場所を見ているように思えて、何か怖い。
 私は関わらないようにして、手早く自分の席に戻る。そして忘れていたものを鞄に忍ばせる。
 すぐに外へ出ようとして、予想外のことが起きた。
「え?」
 廊下にあと一歩、というところで腕を掴まれた。そんなことが出来るのはこの場では一人しかいない。
「ひ、平河?」
 私を凝視する目が、とてもとても怖いと思った。
「な、な、なに? なによ!」
 振り解こうにも怖くて、声だけは虚勢を張る。それも震えてしまってはいるけれど、私にはせいいっぱいの抵抗だった。
 平河は視線を私から鞄に移した。指で示されるのは忘れ物の、絵本だ。
「……これがどうかしたの?」
 友人に借りた何の変哲もない絵本なのだが、平河はそれが気になるらしい。私がこれを友人に借りたのは、ただ妹が読みたがったからだ。それ以外の理由はなく、妹を喜ばせてあげようとしているだけだ。何故平河はこれを気にするのだろう。
「読みたいの?」
 首をかしげながら訊ねれば、平河は首を振る。ただ絵本を指差し、そして窺うように私の顔を見た。仕方なく私はその絵本を手近な机の上に置いた。平河はそっと絵本を開いた。
 何故か平河がほんの少し微笑んだように見えた。
 絵本はよくある冒険ものだった。昔々のある国で、何かをなくした王子様が冒険の果てにそれを見つけ出すお話だ。王子様がなくした物は心で、冒頭で人を傷つけても何とも思わず、誰かに嬉しいことを言われても表情を変えなかった王子様は、遠い異国のお姫様と居るうちに変わっていく。心が生まれ育っていく。そういうお話だったはずだ。
 それが平河にどう関係するのだろうか。
「平河? 読みたいの?」
 もう一度私は問う。
 平河がそっと息を吸い込んだ。私は初めて、彼が口を開こうとしているところを見た。

 そこは真っ暗だった。
 しかし完全な闇ではなった。夜だったのだ。星空のカーテンが夜空を舞っている。それはそれは美しい光景だった。
 胸躍る心潤す光景。だけれども、隣に佇む人は無表情にそれを眺めている。私はそれが許せなくて、彼の頬をみょんと引っ張った。
 ムッとしたような目が私に向けられ、ちょっと笑う。無表情だけど、無感情ではない。それが嬉しかった。
「ねえ、綺麗でしょう」
「ああ」
 言葉少なに彼は返す。でも、それだけでよかった。
 以前は会話もなかったのだ。だから、私の言葉に反応してくれるのが嬉しい。それが哀しくて、口惜しくて、怖かった。
「帰ってしまう前に、これを見せたかったの」
 もうすぐ彼は自国へ帰ってしまう。それは彼がもう旅の目的を果たしてしまったからだ。少し、いやとっても残念だとは思う。彼のことをとても好きになっていた。けれど、此処にはもう居る理由がないのだ。
「何故、帰ることを知っているのだ」
「そんなの見てたらわかるよ。それに私とは一緒に居られないでしょう。貴方を待っている人たちがいるもの」
 私は笑ってみせた。彼が帰ってくるのを心待ちにしている人が居る。それは紛れもない事実で、変えられないことだ。
「……君はそれでいいのか」
 何を考えているのだろう。どうしてかムッとしているようにも見える。私はゆるりと首を振って、やはり笑顔を浮かべる。
「私はいいの。一緒に居られた時間があったから、いいの」
「……そう、なのか」
「そうよ。でも、そうね。出来るなら約束が欲しいわ」
「何を?」
 じっと私の目を見てくる彼に、私は静かに囁いた。
 星空だけがきっとその約束を覚えているだろう。そうであればいい。他はもう、何も望みはしなかった。
 望みは、しなかった……はずなのに――。

「泣くな。困る」
 私の目からは涙が溢れていた。ぽたぽたと落ちていく涙は視界を揺らし、平河の姿を濁らせる。
「な、なんで……」
「君が言ったのだろう」
 それは星空だけが記憶しているはずの約束だった。平河が知っているはずがないのに、私も覚えているはずがないのに。でも、思い出した。
 それは夢物語のような遠く遠くの昔話。約束をしたのはどれほど昔だったのだろうか。それほどに忘れてしまえる昔なのに、彼は覚えていた。
「もし次に会うことが出来たら、私と一緒に居て欲しい、と。そう君は言っただろう」
 そう言って平河は私をやさしく抱きしめて、耳もとで囁いた。
「だから、君を好きだと言った。泣くな。頼むから、泣くな」
 頭にポンと手を置いて、平河が笑った気配がした。
「君に泣かれると俺はとても困るんだ。どうしていいかわからなくなる。だから、頼む。泣き止んでくれ。そして、俺と一緒に居て欲しい」
「馬鹿。なによ、もう、馬鹿ね」
「馬鹿とはひどいな」
 くすくすと私たちは笑う。ああ、もう怖くない。平河は彼だ。遠くやさしい記憶に抱かれて、私はそっと彼の頬を包み込む。
「約束を覚えていてくれて、ありがとう。私も貴方と一緒に居たいです」
 夕暮れの教室にはいつの間にか、夜が静かに舞い込んでいた。

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